| 11,220回目の手紙(2004年5月22日0時42分) |
| 愛する私の息子よ |
| 「はい、お父さん!お話しください。」 |
| 宗教集団の指導者たちは言うのである。すべての審判は神創造主のみがなさるので、あなたたちは誰も審判するな。そう教えるのである。だから、あなたたちが審判するなということは、あなたたちが異邦人、また他の宗派、他の万民を、サタン、異端、間違って行くなどということを言わないで、みんなは、一つの兄弟として愛する心で生きなさい、そして一つになるように生きて、他人を理解し、生きて行きなさい、そして他人のこともみて、理解する方法で生きて、一人になるように調律をして一人の民にならなければならない。だから他人をむやみに審判しないようにしなさい、あなたたちがこのように教えていることが、宗教指導者たちができることで、そしてあなたたち信徒を教える方法ではなかったか?。 |
| だから宗教指導者という者が壇上に立って話すこと「誰も審判しないように」というのはまさに何なのか?。勧士(クォンサ)が長老を誹謗せず、そして、また、長老が牧師を誹謗しないで、そして伝道師が牧師がすることを誹謗せず、ただ牧師という者がどんなことをしても、あなたたちは彼を審判してはならず、彼を審判しないように、自分自身を審判するなとし、自分たちの審判の権限は、神様にあるとそのように言うのである。 |
| 私エホバがあなたたちに審判をしないようとすることは、あなたたちが互いに万民同士で審判をするなということであり、勧士が牧師を審判しないで、悪口を言わず、長老が牧師を動揺させないで、伝道師が牧師を動揺させないで、あなたたちの宗教指導者が、どんなに悪いことであり、邪悪なことをしても彼を審判しないようにというのである。 |
| 私エホバが人間であるあなたたちに審判しないで、審判は私エホバの固有の権限であるとするのは、自分たちの宗教指導者を振らないで、自分たちをもって審判するな、そのようなことで教えることが、今日の壇上に立って説教をする者たちが開いた口から出している声だから、それがどれほど醜くて汚い音が、その腐った音がこの世を汚染させているのか分かるか? |
| どうして、自分たちがその牧師を評価するなとゆうことなのか?そうしながら何と言うのか?どんなに間違っても、あなたたちはそのようなことは宗教指導者を絶対に評価するなとするので、だから、それがすべてが人間教育のためであり、そして牧師のためにあなたたちが存在するように、あなたたち彼らを喜ばせ、彼らを楽しませ、その心を傷つけないようにしなさいというそのことが、今日の私の愛する万民に教えて洗脳させるあなたたちの説教、講論ではなかったか? |
| そのような声を聞いていない民がいるなら、私の新しい聖書を破っても、私はなにも言わない。しかし、宗教指導者からそのような声を聞いたならば、これは私エホバがあなたたちに間違っていることを覚醒させてあげるので、私の新しい聖書を胸に抱き締め精読し、あなたたちが正しい道を見て天に上る道を見るようにしなさい。 |
| そうして、あなたたちは何と言うだろうか?。行ったり来たりする者、決して救いを受けられいので、行ったり来たりしないで、ただ一カ所にいなさいと言って、ただ縛っておくそのような小細工だけを使っているのではないか?。 |
| それで、今日のすべての信仰、今日の宗教指導者は資格が未達で、あなたたちは私の万民を救うことができる者がいないことを知りなさい。 救うことができず、導く者がなく、引導する者がいないので、まさに私の万民が私に上がることができないのは、当然のことであることをあなたたちは知りなさい。 |
| (11,220番目の神様のみことばの全文を収録しました。) |