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牧師を誹謗してはいけない(목사를 비방하지 말라)

11,220回目の手紙(2004年5月22日0時42分)愛する私の息子よ 「はい、お父さん!お話しください。」宗教集団の指導者たちは言うのである。すべての審判は神創造主のみがなさるので、あなたたちは誰も審判するな。そう教えるのである。だから、あなたたちが審判するなということは、あなたたちが異邦人、また他の宗派、他の万民を、サタン、異端、間違って行くなどということを言わないで、みんなは、一つの兄弟として愛する心で生きなさい、そして一つになるように生きて、他人を理解し、生きて行きなさい、そして他人のこともみて、理解する方法で生きて、一人になるように調律をして一人の民にならなければならない。だから他人をむやみに審判しないようにしなさい、あなたたちがこのように教えていることが、宗教指導者たちができることで、そしてあなたたち信徒を教える方法ではなかったか?。だから宗教指導者という者が壇上に立って..

無だ、無だ(무다, 무다)

11,206番目手紙の中から (2004年 5月 21日 12時 11分)人間あなたたちの中に悟りの限界に到達した者、彼らが人生を送ってそのすべてを取り入れる時、何と言ったか? 「無だ、無だ。」何もないと言ったのだから、その言葉の意味が何であり、彼がそのように叫んで行くその叫びが、なんだったか? 私(自分)が暮して来たことは何も成したことがないし、何も得たことがないし、今まで成してみようとしたことすべてが、何も満たされない空き缶のような自分自身を見たので「無だ、無だ。」と、そのように言わなかったのか? 何も残っているものがないというその痛い叫びを、今愛する私の息子にしたがう弟子、あなたたちもそのようにしてはならないのである。さあ、愛する私の息子、娘たちよ!何もない、「無だ、無だ。」といって逝ったあなたたちの先輩たちの生活のような空き缶になって私のところに来てはいけないのだから、そこに一..

十字架に釘打たれたイエス様の苦痛より酷いか?(십자가에 못 박힌 예수의 고통보다 더한가?)

11,204番目手紙の中から (2004年 5月 21日 11時 57分)私の息子イエスがその重い十字架、自分が釘打たれて死ぬ十字架の刑具を担いで行く過程で彼らがどんなに邪悪で残虐なことをしたのか? 彼が茨の冠をかぶったので頭を動かす度に痛く刺さる茨、そしてむちでむち打たれる時、肉が破れて傷がついて血だらけになって、そして十字架に釘打たれる時その釘がめりこんで兵士らが矛と刀で突いてその心臓部を突くよりももっと痛みがあったということをあなたたちは考えなさい。そうして、私に「お父様、彼らを許してください。」とするその祈祷を果してすることができるか? その祈祷をする私の息子イエスは、どれほど痛い苦痛、試練をすべて我慢して忍耐してその言葉を言ったのか?今私の息子にしたがう弟子たち、私の新しい聖書を読んで目覚めた民、あなたたちはこの一つ、この一つの役事、その一場面の写真を持ってすべてを考えて連係..