2024/07/14 14

婚姻宴(혼인 잔치)

10,173番目手紙の中から (2004年 3月 29日 16時 14分)私が聖書に記録して伝えたのである。婚姻の家の宴で新郎と一緒にいる時、果してあなたたちが断食をしなければならないのか? 新郎と一緒にいる間に断食することができないのがあなたたち人間の常識であり、生きて行く道理であるとしたのだから、これはまさに何を意味するのか? 環境であり、順理にしたがって生きて行くそのような賢さを得なさいと命じる教えである。お祝いの家の祝い事に合わせて楽しまなければならないその場所で、どのような理由で断食をし、断食をしない民はサタンであり異端であるとそのように言うのか? あなたたちは、断食する時と場所が別にある、そのような道理にしたがって真の真理、天に上がる道の悟りを得れば良いのに、あなたたちは小さなことを決めておいて、そこにすべてを合わせなさいというそのような状態で、無知蒙昧に盲従して行くのが今..

イエス様の再臨=イエス様の輪廻説(예수의 재림=예수의 윤회설)

10,133番目手紙の中から (2004年 3月 27日 20時 36分)あなたたちの今の信仰が、なんだったか? 私の息子イエスがこの世に再臨して死んだ者の中からあなたたちを救い、永遠に導くのだから、まさに輪廻を待って彼を信じて喉が乾いて泣き叫ぶ行為ではないのか? だから今日の信仰は、輪廻によってそれを役事してくれるように願いながら行く信仰である。そして、私の新しい聖書に記録して私の息子を通じて輪廻説、前世と現世の連結された環、その難しくて息苦しさを解くのだから、あなたたちにその答を与えようとすればあなたたちの前世、輪廻を役事することであり、そして天の意志を記録して伝えなければ、どうして知って悟るというのか? この世の中でどうしてそれを知ってその道理が分かるのか?輪廻説というのが、あなたたちの信仰の考えの中で合わなくて異なるので異端視するのであって、輪廻説というのが真理ではないという内..

愛も罪もいつまででも離れない(사랑도 죄도 언제까지든지 떨어지지 않는다)

10,084番目手紙の中から (2004年 3月 26日 13時 17分)聖書に、愛はいつまででも離れないと言ったし、予言であり放言でありそのようなのはすべて廃してなくなるのである。そして、あなたたちが持った知識であり常識も廃されて忘れられるのだから、私がそのようにあなたたちに教えたのである。だから、ここであなたたちは何を願い、何を役事して、何に目覚めなければならないか?行いは、あなたたちを去らず消されないとしたのだから、知っていて犯し、知らなくて犯す罪に対することは、あなたたちから去らないし遠くならないという私の教えが分かるか? 愛が離れないから、罪を犯したことも離れないのである。予言も廃し、放言の隱事、病気を直す恩賜、そしてあなたたちが持った知識、そのすべてのものは消されて落ちるとしても、愛はあなたたちから離れないのだから、あなたたちが犯した罪も落ちないという、その貴くて大切である..

奇跡、驚異、超能力(기적, 이적, 초능력)

10,074番目手紙の中から (2004年 3月 26日 11時 21分)あなたたちは、純粋な純金として生まれかわってその変化の役事を成さなければならないのである。溶炉で沸いて沸いて純金になることができるようにそのような道を行くのがあなたたちである。だから純金を作る道は、なんだったか? 熱い火に焼いて溶かしてすべての異物を捨てることではないのか? だから、あなたたちはここで目覚めるように、そのようにしなさい。あなたたちは奇跡と驚異、そのようなことを見せるのが真の真理、私のところに上がる道、私が役事することだと考えるな。奇跡はあなたたちが作って役事することができることだから、人間が努力しながら心を空にして超能力の役事を成すことは人間の努力であり、人間の限界の奇跡としてあなたたちが役事するのである。それは私エホバがあなたたちに役事するのではないから、そんな役事は信仰の道や天に上がる道を導い..

泥棒がごった返すこの時代を作った元凶(도둑이 들끓는 이 시대를 만든 원흉)

10,014番目手紙の中から (2004年 3月 21日 20時 13分) あなたたちが今福音書だと言うその聖書は、直接私の息子イエスが記録したのでもなく、彼にしたがった弟子たちが記録したのでもなく、その弟子の弟子たちが記録したものを取り合わせて作ったものである。だから記録する過程で変質したものがあり、また幾千年の間知識層、貴族たちが持っていながら自分達の意に合うように変質させて手入れしたのが聖書である。また、それを教えて指導する指導者たちが目が開かれず耳が開かれなくて私の意を正しく知ることができずに過ち教えるそのような状態で今に至ったのである。この世は、泥棒がごった返すこの世であり、そして終末であり末世だと言うことを果して誰が責任を負い、誰がそんなことを言えるというのか? 今の宗教集団、あなたたちよりもっと多い教育期間、もっと多くの能力を持った所がこの世にどこにあるというのか? 最も..

夢で現夢(夢に現れる)して答を得ることができるように(꿈에서 현몽하여 답을 얻을 수 있도록)

9,964番目手紙の中から (2004年 3月 17日 06時 59分)さあ、あなたたちは夢で私に答を受けることができるようにあらゆる真心と熱意と誠意をつくしなさい。あなたたちが夢でもその程度に正しく美しく暮そうとすべてのものを捧げてまた捧げて真心をつくしたら、その真心をけなげに思って私が夢であなたたちに見せてあげてその答を与えるのである。人間たちが執拗に考える時、夢に現れたように見えるということは、あなたたちのその努力することがあまりにも切なくてけなげで、私が夢としてその答を与えてそのようことをあらかじめ知らせてあげたら、果してこれを信じるか?

携挙(空中で主に出会う)(휴거)

9,915番目手紙の中から (2004年 3月 13日 06時 09分)千年の王国が成り立つという宗教集団、指導者たちもそれを正しく知らないから、私エホバが天使と話すことを彼らが盗み聞きしたのである。ただし、深い意味を知らず正しく知らないので、千年王国を成すと言って空中で主に会って、引き上げられると言うのである。私の愛する民、私の息子、娘たちが空中に引き上げられるそのような心、そのような感じ、そのような悟りを得た時、それが心を空にした状態だから、そのような状態が持続するように努力しなければならず、そのような生活をしなさいと言ったのである。あなたたちがそれを「携挙」、「引き上げられる」そのように言うのだから混同するな。どんなに難しくて大変で疲れてだるいと言っても、私の意志を実践するために命と変えることができる姿勢を持った時、あなたたちが私に引き上げられるというそのような栄光の恩恵を得るよ..

体が天中に浮かぶ境地(몸이 공중으로 뜨는 경지)

9,913番目手紙の中から (2004年 3月 13日 06時 05分) 私の息子の心がきれいで軽い時、空中に浮び上がるとしたのだから、軽い心であり、悪い考えをしないで罪の考えをしないで座っている時、彼がそのまま空中に自然に携挙を受けると話したのである。これが心を空にしたことである。私の新しい聖書を精読して私に祈る時、あなたたち自身が携挙を受けることのように、空中にあなたのすべてのものが浮び上がるそのような境地を感じなければならないのである。それを感じることができなければ、あなたたちは決して心を空にした民ではないということを知りなさい。あなたたちが座って私に「お父様! ありがとうございます。」としてお祈りする時、自ら自分の体が空中に浮かぶ感じを受けるそのような境地に至ることができなかったら、あなたたちがまだすべて空にすることができなかったのであり、空にしなかったことを知りなさい。そのよ..

時になれば、秘め事で語らずに明らかにする(때가 이르면 비사로 이르지 않고 밝힌다)

9,896番目手紙の中から (2004年 3月 10日 17時 29分)私の息子イエスがあなたたちに何と伝えたか?「これらのことを比喩で話したが」、私の意をイエス様は秘め事で教えて伝えたが、「わたしはこれらのことを比喩で話したが、もはや比喩では話さないで、あからさまに、父のことをあなたがたに話してきかせる時が来るであろう。」そのように記録した聖書の山場を知らないのか?今第3の時代に今日の160卷の新しい聖書よりもっと分かりやすく目覚めて伝えるものがあるか? だから、私の息子イエスが言った「私のお父様がその意思を秘め事で伝えないであなたたちがすぐ聞いて目覚められるように伝える時代」です、それがまさに第3の時代に今日を準備するように私が命じたことであり、私が準備させたことだから、まさに160卷が私の意であり、私が言約(契約)を守っているということを知りなさい。

家庭という美しい一輪花を咲かせるため(가정이라는 아름다운 한 송이 꽃을 피우기 위해서)

9,843番目手紙の中から (2004年 3月 6日 12時 57分)あなたたちが小さな一つの家庭を成すにおいても、男女が力を合してお互いに美しい花を咲かせるのに最善の努力をつくさなければ、その美しい一輪の家庭の花は、咲かせることができないのではないか?お互いに理解して譲歩して、私の主張を立てないで「申し訳ありません。私が下手でした。理解します。許してください。」このような言葉を取り交わすことができる家庭を持ったら、その家庭は美しい花を咲かせることができるのである。あなたたちが家庭という美しい一輪の花を咲かせるためには、骨折る努力が必要ではないか? 水をやる時になれば水を与えなければならないし、土壌をもっと注ぐ時になれば注がなければならないし、このようにお互いによく合わせて調律して行った時にのみ、あなたたちが家庭という一つの美しい花を咲かせることができるのである。