小学校を卒業すると、そのまま同じ地域のマンモス中学校(文の里中学校)に入学した。 1学年に20クラスもあったのである。 私の父は、自分のことを話すのをほとんど聞いたことがなっかた。一緒に出かけたり遊んだ記憶もほとんどない。私の父は、何時も帰宅が遅く酒好きだったので、一緒に遊んだ記憶がほとんど無い。そんな父が、私を中学の近くにあった模型店に私を連れて行って、中学学校の入学祝いだ言って、小さな蒸気機関車の模型を1つ買ってくれた。それは、嬉しかったのだけれど、残りは自分で買えと言われた。HO(16ミリゲージ)という鉄道模型なのであるが、遊ぶには色々なものが必要であったのである。 父がなぜ鉄道模型を買ってくれたのかは不明であるが、家の物置に真鍮製の昔の電気機関車の模型の作りかけがあった。おそらくOゲージ(34ミリ)の模型だろうと思った。父も模型を作り始めたが、当時は多くの部品を工具を使って自作..