白い心(ハヤンマウム)/神様が下さった最後の手紙(하나님이 주신 마지막 편지) 365

宇宙空間と心(우주 공간과 마음)

6,567番目手紙の中から (2003年 6月 29日 07時 52分)この宇宙空間をすべて満たすことが、あなたたちの心一つを満たすことと同様であることを知らなければならないのである。だからこの宇宙空間が善良なことですべて覆われていたら、この宇宙は天国で成されるように地上で成り立つのである。すなわちあなたたちの心が善良なことで一杯である時、あなたたちは天国に住む天使であり、悪い心で一杯に満たした時、サタンであるのだから、宇宙空間が善良なことですべて満たされることとあなたたちの心がそのように満たされることが同じ役事なら、あなたたちの心を善良なことで満たすことがどんなに大変で難しい道であるのか分かるか?しかし、それを満たさなければならないし守らなければならないのがあなたたち人間だから、そのような心で暮した時、私のところに上がることができるということを忘れてはいけないのである。

照明(조명)

6,562番目手紙の中から (2003年 6月 29日 0時 02分)あなたたちが暗い部屋に照明を照らすことは、どうゆうことか? 電灯のスィッチというものを入れることで照明を明くするようになるのだから、暗い部屋を一瞬に明るく照らしてくれるそのような状態を見ながら生きて行くことである。まさに私があなたたちに聖霊として臨むことが、そのような役事として臨むのである。あなたたちが私から受けた知恵であり、頭脳であり、そのすべてのものをすべて動員して最善をつくして何かを成そうと最後まで努力する時、それを役事することができるように私の聖霊があなたたちに照明を照らすように臨んで導いて、その道を開いてくれるということを知らなければならないのである。誰でも私があなたたちに与えた知恵であり、能力であり、そのすべてのものをすべて動員して何かを成そうと努力する美しい姿がある時、そのように努力する者に、私エホバが..

誰も地獄に落ちることを願わないのである(누구도 지옥에 떨어지는 것을 원치 않음이니라)

6,546番目手紙の中から (2003年 6月 27日 12時 28分)私エホバは、私の民の誰も地獄に落ちることを望まないのだから、今、数えきれなく地獄に落ちる彼らを見下ろす私の心が果してどうなのか、あなたたちは考えて見たのか? 私の愛する民が地獄に落ちることを見てまた見る私の心がどうだろうか?私の哀切な心が分かるか? 地獄に落ちる可哀相な民を見て血涙を流して、自らどうしなければならないのか、どうして行かなければならないのかを知りながらもその道を行くことができず、勇気がなく自信を持つことができないあなたたちを眺める私の心が、どんなに切ないのか分かるか?私の愛する民が、今、昼夜を分かたず数えきれないくらい地獄に落ちているのである。彼らを救う者は、あなたたちしかいないのである、愛する私の息子、娘たちよ!

イエス様の復活(예수의 부활)

6,539番目手紙の中から (2003年 6月 26日 12時 22分)イエス様が復活したことは、すなわち何であると思うか?私の息子イエスのように暮せば復活するということであり、生まれ変わって永生を得るということである。そうではない民は、再び生まれ変わることができないということを見せてくれているのである。

第2の戒め、天、地、地の下の偶像(2계명, 하늘, 땅, 땅 아래의 우상)

6,502番目手紙の中から (2003年 6月 22日 23時 59分)あなたたちが救いを受けたと言ってその妄想に浸っていることが、天の偶像に仕えることであり、地上の肉の世で何かを得て成そうとする生活を送る、それが地で成り立つ偶像を作って仕えることである。地獄へ行って私から罰を受けて罪の対価を支払うことを忘却して救いを受けたと思うことが、地上の下にある刺刺しい地獄の状態を忘れて暮すそれ自体が、地の下に偶像を作ってその形狀を作って信じてしたがうこととまったく同じ道理だから、あなたたちが今日どれほど間違っているのかを知らなければならないのである。

愛の歌(사랑의 노래)

6,489番目手紙の中から (2003年 6月 21日 02時 48分)「愛はいつも長く忍耐し、愛はいつも温柔であり、愛は嫉まないし、自慢も驕慢もなくて、愛は無作法をしないで、自分の有益を求めず、愛は怒らず、真理とともに喜ぶ。愛はすべてのものかばってやり、望み信じて耐えて、愛は永遠に変わらない。信仰と希望と愛は、この世の果てまで永遠なもの、信仰と希望と愛の中で、その中で第一は愛である、その中で第一は愛である。」というこの「愛の歌」を暗誦して随時歌って、その意味に深く目覚めるようにしなさい。そうすれば、そのように心が浄化されるのであり、悪い根の心が浄化されるのであり、美しい湧き水のようにあなたたちの心が穏やかになるのだから、そのように柔らかい者が、私の新しい聖書を読んだ時、その内容の意味を知ることができるのだから、そのように暗誦していつも歌うようにしなさい。

肉が死ぬ瞬間、夢から覚めるのである(육이 죽는 순간 꿈에서 깨어남이니라)

6,487番目手紙の中から (2003年 6月 21日 02時 35分)あなたたちが肉を持って暮す間に、夢というものを見ないか? そしてその夢から覚めた時、何と言うか?「あ、私は夢を見た!」そのように思って夢から覚めるのである。そのように人間はこの世に生きることが夢の中で夢を見るような生活を送るのだから、あなたたちの肉身は一握りの土に帰って魂は私に審判を受ける瞬間、今、夢から覚めたようなそのような状態になることを忘れるな。この世で果してどのような生活を送ったのかによって、あなたたちが夢から覚めた後に役事する世で新しい生活を送る道なのか、死の道なのかということを知るようになるのである。だから夢の中のこの世を生きるそのような今日の肉の生活において真っ直ぐに立ちなさい。

天の門が開く(하늘의 문이 열리니)

6,470番目手紙 (2003年 6月 20日 06時 45分)私がモーセの時代に天を開けようとしたが、偶像に仕えてそのような狂乱の仕業をするその民によって、私が天の門を閉めたとしたらあなたたちは信じるか? そして、私の息子イエスをこの世に送って万民を目覚めさせて天に上がるその道を来るようにしようと、私がまた天を開いたのだから、しかし、その時代の民がその開かれた天の道に来ることを拒否し、その道を教えるという者たちがその門を閉めるようにしたので、2千年の間、天の門が固く閉まっていたと言ったのである。天の門が閉まっているので、固く閉まっているその門に誰も来ることができないし、上がることができないから、私に上がった者がいないと私がそのように言わなかったか? そのように閉まっていた天の門が、2千年ぶりに東洋の小さな国に開かれてその光がこの世をすべて照らすのだから、その光はまず東洋の小さな国をす..

私にしたがいなさい(나를 따르라)

6,422番目手紙の中から (2003年 6月 14日 11時 12分)すべての宗教指導者たちは、「私にしたがいなさい、私を見てしたがいなさい、私を見て生きなさい。」そのように言える者にならなければ、私に救いを受けることができないのである。私の息子イエスが何と言ったか? 「私にしたがいなさい。私のところに来なさい。そうすれば救いを受けるであろう。」と言った。それがまさに何なのか? イエス様は、一点の恥ずかしさなしに生きて行く生活であり、私エホバの意志が何なのかを知っていて、行うことを知っていたから、ひたすら彼にしたがってその前へ来る者が、私のところに上がることができ、それを見て行う者は天国に来て救いを受けることができるとしたのだから、まさにイエス様の行うことを見てしたがいなさいというのであり、彼が暮して来たその行績を見て生きなさいとするのであり、その行いを見て生きなさいとするのである。..

どんなに善行をしても(아무리 선행을 해도)

6,400番目手紙の中から (2003年 6月 12日 11時 47分)あなたたちがどんなに善行をして施して善良な事をすると言っても、それが心を空にして欲心を捨てた者がすることは、小さなことも大きな賞になるが、欲心を捨てることができない者のすることは、どんなに大きな役事を成すとしてもそれは恩恵と愛ではなく、私の点数がないことを知りなさい。それは欲心の基に成り立つからである。この道理を悟ったとするなら、あなたたちは欲心を捨てることがどんなに偉大なことであり、欲心がどんなに恐ろしいことなのかを知るのである。