主の祈り[9,584番目神様のみ言葉の中から (2004年 2月 11日 20時 51分)] 私が私の息子イエスを通じて「主の祈り」を下したのである。その主の祈りが何であると思うのか? 天の意志であり、そのまま役事してそのまま守りなさいというのだから、それに比べて君たちが救いを受けようとしながら望むことは、そのどこにあるのか捜すこともできないくらいに小さくて些細な微々たるものであるのに、君たちはどのような理由で祈祷、信仰、そのすべてを救いということに合わせて、そのようにするのか? 君たちは、救いということを、考えることもせず望むこともせず、君たちが私のところに上がることができるその天国の席が一つあったら、それさえ譲歩することができる心を育てることが君たちが勉強する道であり、私の民に生まれかわる道である。 君たちがそのように身悶えして哀願する救いというものは、私エホバが役事することに比べ..